2010年1月29日金曜日

三が日

今年のお正月は、家族そろって、ゆっくり3が日を過ごしました。寝正月です。こっちでの初めてのお正月は、1月2日から、お兄のPreschoolが始まり、お正月らしくないな~と思ったのを覚えています。去年はどうだったっけ?日本では、3が日を毎年忙しく過ごしていました。一日は、お墓参り、二日はちょっと遠いところまで初詣。その後、子どもたちとともに実家に帰り、やっとゆっくりできるのでした。今年はホンと、のんびり過ごしてました。父さんは毎日半日ずつ仕事に出かけてました。忙しい父さん。のんびり、でも気だけあせる母さん。

2010年1月24日日曜日

お正月

元旦。夜中まで起きていたので、みんなゆっくり起きて来ました。で、とりあえず、新年の挨拶と。
白味噌のお雑煮。もちろんお持ちは杵つきです。本当なら、サトイモや大根にんじんなどが入るのですが、母さんそんなこと全部忘れていて、お餅だけのお雑煮となりました。後は、高野豆腐と黒豆。御節は今年は作りませんでした。だって、作っても子どもたち食べないんだもん。でも来た年は作ったな~。そのころはがんばってたな~。
お雑煮を囲んで、父さんから新年の挨拶、ひとこと。
お雑煮も嫌いな子どもたち。形だけ。お兄には無理やり1個。リーは食べず。そのあと焼餅をしたのでありました。食べたお持ちのず、父さん6個・お兄4個・リー3個・母さん3個。すごい。この調子だと2臼のお餅があっという間だぞ。
お昼過ぎ、UNCにお散歩へ。天気はそこそこだったけど、とにかく寒い。年末からかなり冷え込んでます。いつもの年なら、朝晩冷えても、昼間天気がよくなって、そこそこ気温が上がるのに、今年は天気もいまひとつで気温が上がりません。帰国までにみておきたいUNCのシンボル。何だったっけ。名前が出ない。(後日写真アップしますね)父さんとお兄は時計台の近くまで行ったのだけど、リーが寒くて車から出たがらず、女二人は車の中にいました。夜中若い人たちは外で新年を迎えたのかなと思えるものがあちらこちらにチョコチョコと。あんまり寒いので、 みるものだけ見て、帰宅。
今年は、帰国の年です。あともうちょっと。がんばです。

2010年1月19日火曜日

大晦日

大晦日、親しくしていただいているご家族をお誘いして年越し鍋パーティーです。夕方6時くらいからのんびり始まりました。お鍋は、いつものお鍋。今我が家でヒット中のもの。いつもは鶏のぶつ切りだけだけど、この日は鶏団子を作りました。我が家の子どもたちは、食べるのそっちのけ。遊びに夢中。お友達が食べるからと、無理やり食卓へ。
うれしいことに皆さんパクパク食べてくださいました。持参してくださったビールとともに、あったかいお鍋。最高!変わり身お鍋は、味噌ラーメンに変身。ぶ~ママさんから教わった中華麺。味噌ラーメンにぴったり。鶏のだしが効いたお鍋に、しょうがのすりおろしとお味噌。子どもたちがパクパク。おなかいっぱい。変わり身お鍋第3弾、雑炊は食べきれずお預けになりました。
子どもたちは、大はしゃぎ。りーもFくんも、ちゃんとお昼寝をしたので、元気百倍。
そして、迎える新年。テレビをつけると、ニューヨークの新年が放映されていました。そういえば、日本でも、紅白のあと、NHKの除夜の鐘リレーを聞き、新年を迎えると、いつもニューヨークが放送されていたな。みなで挨拶「あけましておめでとうございます」。
本年もNC 生活もう少しですが、よろしくお願いします。
次の大晦日は日本です。

2010年1月17日日曜日

お餅つき

12月30日
Y宅をお借りして、餅つきが行われました。石臼で杵で打つ、本格的なもの。誘っていただいて、前日から準備していたお米を持っていきました。日本クラブ餅つき部の父さん。こつはつかんでます。12時、もち米を蒸す準備が始まりました。玄関先で蒸されていきます。蒸し器に蒸気が上がるころ、お米のたけるいい匂いが漂い始めました。この日はとっても寒くて、女性人は、ついた後の丸める準備と称して家の中であったかさんです。
井戸端会議が始まりました。子どもたちはやっぱり家の中でおもちゃでお遊び。でも、「今からつくよ」の声で子どもたちは出て行きました。順番にお餅つき。日本でもなかなか経験できない。楽しそうでした。母さんたちは、次々につかれるお持ちを、丸めたり、のしたり、粉まみれ。こしがよすぎて、もちをちぎるのも大変。握力がなくなりそうでした。出来立てのお持ちをしょうゆや、黄な粉、あんこをつけ、堪能しました。4家族で合計10臼。我が家は2臼。終わるころには暗くなっていました。途中、日が照っていたころは、上着を脱ぎ作業ができたけれど、さすが、夕方になってくると、気温が下がり、蒸すのも時間がかかるようになりました。後片付けがすんだのは、もう6:00を回っていました。場所を提供してくださったY さん。リーのお漏らしのあとしまつまでしてくださって・・・。(遊びに夢中になってついつい。こんなときに限って、準備できていなかった母さんでした)
その後、Bさんのお宅で、お食事会がありました。つきたてのお持ちを持参しました。中国の方だけど、日本語ぺらぺら。英語ももちろん。父さんが研究している建物の日本人と交流を持ちたいとのことで、開いてくださいました。手作りの中華料理。材料は、普通にあるものだけど、どうしてこんなにおいしいの?前菜に出していただいたお饅頭、中華風に大福。それも美味。一番は、やっぱり、餃子。皮もご自分で作られたとか。むちっとしておいしかった。子どもたちはほっといて、おいしい料理に舌鼓。そして歓談。楽しく過ごさせていただきました。帰国までにお料理、教えていただきたいです。

リーは、母さんにべったりだったけど、お兄はというと、お食事そっちのけで、ゲームし放題。満足したようです。

2010年1月3日日曜日

12月23日 Old Salemへ

クリスマス間じかのこの日。Old Salemは、クリスマスモードできれいだろうなと思い、出発。昼から仕事を入れてしまった父さん。朝早く出発です。I-40は西に進むほど、日陰に雪。先日の初雪の影響がまだ残ってました。子どもたちははしゃいでました。Old Salemにつくと、Visiter Centerの駐車場は雪。いざ、入場券を買ってGo !とりあえず、1日件を購入。AAAの会員なので、お安く入れました。期待していたほど、と言うか、まったくと言うかクリスマスの飾りつけはなく、入り口にリースがほどこされている程度。寒さのためか、当時の衣装を着た人に合うこともなく、まずは、Center近くのミュージアムへ。そこで、英語の説明を聞きながら回るツアーに参加。と言うことで、まったくと言っていいほどわからず、お兄に、時々何いってんのと聞くのだけど、日本語脳と、英語脳を持っているお兄。説明できず。本人はなんとなく理解している様子。ただ、興味が持てないだけ。日本で行ったら、江戸時代くらいの家具などが展示され、建物の一部で一部屋一部屋を作るような展示かた。41歳だったかな、女の人の肖像画があって、見た目、60歳代。年齢を聞いてびっくり。母さんとためじゃん。このころ日本はこんな時代だったんだなと考えながら回ってました。館を出て、子どもたちがおなかをすかせていたので、レストランへ。開店前と言うのに行列。予約の人もいたみたい。でも結構スムーズに入れた。そこで、bibimachiさんお勧めのミートハンバーガーを注文。おいしかった。お兄もがつがつ。ただ、はじめに大好きなフライドポテトを完食したため、半分お持ち帰りです。父さんはミートローフ。これもまたGood。ただ、リーの食べるものがなく、パスタを頼んだのだけど、失敗でした。すべて母さんの胃袋です。リーは、大好きなフライドポテトだけ食べてました。その後、入れる家の中をほとんど入り、18・19世紀の時代を感じ、ぶどうパンを買って帰りました。感想として、近くにもこんな町並みあるな~です。と言うか、古い家を買ってすんでいる方が多いと言うこと。ジャパンセンターもそのひとつ。もっと季節がいいと、人も外に出て時代をもっと感じたのかもしれません。


その後、行きにチェックしておいたガソリンスタンドへ。安かったんです。でもすごい行列でした。ガソリンスタンドで、こんな行列初めてでした。

12月19日 餅つきの予定が・・・

話が前後します。
12月19日、学校が冬休みに入りました。前日、学校から電話が父さんのところに入り・・・と言うのも、ANAをとうして、インターネットで帰国の飛行機を取るのに、父さんと電話したり、いろいろ電話を使っていたので(初めてのことで、手間取っていました)、学校からの電話が父さんに入りました(でもきっと母さんはとらなかったかも)。雪が降るので、12時で学校が終わるので迎えに来れるかと。ということで、12時に向けて迎えに行きました。
そしたら、昼過ぎから、外は雪模様。この冬、初雪です。「明日は雪が積もっているかな」とうれしそうなお兄たち。でも母さんは、夜、父さんのボスの家にパーティーに呼ばれていたので、心配。でもしばらく降って、やんできたみたい。
夜、ボスの家に出発!と思ったら、道が白くなっている。父さんかなりの慎重運転。15-501をのろのろと運転しながら、メドモントのHarris Teeterで、お花を父さんに買ってきてもらい・・・母さんが行った方がよかったんだけど、母さんから離れないリー。きっと一緒に行くと言うので、父さんが行くことになったのだけど、花屋さんの店員さんがもういなくて、ラッピングを店の人がすることに。父さんから電話があり、どう見ても持っていけるラッピングじゃないと。急遽包装紙を買い、車の中で母さんがラッピング。そして、またのろのろ運転で、ボスのお宅へ。
英語が話せない母さん。でも、奥様が素敵な方で、時々気遣ってくださいました。お料理はインド料理。子どもには辛かったみたい。でも辛いもの好きの母さんはうれしかったです。インド人の方がいて、一番よく食べたとか。子どもの世話と言うことで、結局ほとんど英語を話すことなく過ごしました。お兄は、近くにいた親切そうなお兄さんに、英語で話しかけ、暖炉の火で遊んでいました(危ない!)。9:00過ぎ、子どもが眠たいを理由に、帰宅しました。お土産にインド料理とケーキを包んでくださいました。帰るころには行きもとけ、ふつうに帰れました。

で、19日。
お昼から、Japan Clubの餅つきの予定でした。でも、前日からの雪のため、中止となりました。日本人補習校も休校でした。ダーラムの北の方や、グリーンズボロの方はかなり積もったらしいです。でも朝10時半ごろ、電話があって、新年会の「きやり」の稽古があるとのこと。ぐーたらしていた我が家は一気に元気が出て、会長さんのお宅に出発。父さんは、きやりのお稽古。そう、出初式などで歌う長唄のようなあれです。母さんと子どもたちは適当に時間を過ごし、そしたら、お昼をご馳走になることに。お手製のピザトースト。とってもおいしかったです。いろいろと世間話をして、あっという間に時間が過ぎ、3時ごろおいとましました。その後、お歳暮をもらいに東洋食品へ。そして、いつもの1週間分の買い物をして、帰宅しました。雪もほとんどなく、子どもたちはがっかり。あっという間に解けてしまった雪。今年の冬はどうなることやら。

Merry X'mas

クリスマスの朝は、お兄のうれしそうな声で始まりました。「サンタさん来たよ!」。朝5時です。誕生日のときに、これと決めたものが届きました。今アメリカの子どもたちに人気の「爆丸」です。日本のアニメですが、こっちで爆発的に人気になったとか。でもそれが、どうしてもボーリングのボールに見えて、転がしたら、怒られました。リーも7時ごろだったかな、おきだし・・・と言うかお兄に起こされ、お願いしていた、ピンクのケースのブロックが届きました。二人とも、日本的に枕元に。夜、お兄主催のクリスマスパーティーが開かれました。
・・・こうなったいきさつは・・・
Z会の通信教育をしているお兄。その経験学習で、年賀状を作るかパーティーを開くか選択しなくてはいけませんでした。23日、年賀状を作りました。本当は、野菜の切り口やハンコを作って、作成するのだけど、準備ができてなくて、絵を描いたり、あるものでハンコを作ったりして、それはそれなりに楽しく作成しました。ただ、字を書くのが苦手なお兄。表書きを彼なりにがんばって書いたのだけど、字が大きくて、切手が貼れない。エアメールのシールも貼れない。うーん困った。そこで、リーの書いたものといっしょに封筒に入れて、「もう一回書いて」と言ったら、怒った。半泣きに泣きながら怒った。がんばって書いたのに・・・。で、表現シートがかけないとのことで、急遽クリスマスパーティーを開くことになりました。年賀状の写真撮るの忘れました。

お昼から、ケーキ作り、お料理。急がしくしていた母さん。パーティーの準備も手伝いながら、パーティーが始まりました。マイクを持って挨拶に始まり、ダンボールで好きなものを作ったり、ゲームをしたり、楽しく過ごしました。お兄がデコレーションをしたロールケーキを食べ、パーティーが終わりました。勉強の一環とはいえ、楽しい時間でした。

・・・ロールケーキですが・・・
リー以外は生クリームでコーティングされ、いちごののった丸いケーキが食べたかったんです。でもリーが、白いものが嫌い。生クリームが食べられないので、ココアクリームにしたロールケーキでX'masを祝いました。去年はそれにチョコクリームのコーティングをしたのですが、あまりにしつこく、今年はロールケーキをきって、それにお兄が生クリームやいちごでデコレーションをしました。来年からは、おいしいケーキがいただけます。今年はへたくそな母さんのケーキで許してください。

それでは、メリークリスマス!

2010年1月2日土曜日

げー!どうしよう!12月16日~の我が家。

12月16日。朝、お兄を、スクールバスに乗せ、帰ってくると、父さんが、日本語で電話中。丁寧な口調。何事?
なんと、帰国が早まったのです。6月帰国と日曜日に聞いて、お兄の学校のことなど、いろいろ準備を始めていたら、3日後、教授から、やっぱり3月に帰国してほしいと。ありゃりゃです。ゆっくり準備して、余裕を持って、2学期からと思っていたのに・・・。Movingも、ゆっくり準備できるはとのんびり構えていたのに。お兄には、夜父さんから話をするとのこと、。まずは、両方の実家に報告。と言うことは、アパートの違約金が発生。お金の工面です。恥ずかしながら・・・。父さんもその日のうちに、ボスに報告。残念がっていたけど、大学に戻れること、喜んでくれたようです。で、母さんは、帰国の準備をしなくてはいけなくなりました。まずは、安い航空チケットを取るために早速動きました。ANAのHPで、なんと、家族全員で$2807.20。こっちにきたときは、片道チケットだと高くなるので、激安チケットを探し、苦労しました。それが、ANAで、こんなに安く。あと2週間くらい前だと、さらに$400安かったんだけど、急だったし、研究のこともあるので、3月23日のチケットとなりました。でもなぜか3月と聞いて、ほっとした母さん。やっぱり早く日本に帰りたかったんだな~と、実感。でも心配事が、そこから、数日、母さんは落ち込んでいました。いろいろ心配事が出てきて・・・。とにかく3月に向けてがんばります!

12月13日 ソフトボールの、打ち上げパーティー

今年は、4試合がんばった、父さんたち。全敗だったけど、現地のチームから、マナーがいいと言われたそうです。結局1回しか応援に行けなかったけど、父さんたちは、毎回手ごたえを感じながら、対戦してました。その今年の締め。婦人会で使っている一軒家をお借りして、ポトラックパーティーをしました。奥様たちの手作りのおいしい食事。皆さんお上手。母さんは、Eさんのリクエストもあって、おすしをまいていきました。それと、父さんリクエストの炊き込みご飯。子どもたちはと言うと、いつも婦人会に参加している子どもたちばかりなので、家中を我が物顔で、走り回っていました。上は3年生から、下は赤ちゃんまで。走り回るわが子を見ながら、赤ちゃんにもどれと・・・「ここでは走らない!」「小さいこの面倒見なさい」と罵声が。父さんたちは、時期世話役を決めつつ、今年を振り返っておりました。この日、朝、帰国日が決定。予定通り6月です。うれしくなって、皆さんに即報告。皆さんも喜んでくださいました。奥様方は、育児のことや生活のことやいろいろと井戸端会議です。いつものごとくとっても楽しい時間でした。あっという間に夕方になり、3本締めで終了。来年は、1勝を!子どもも大人も楽しい日でした。